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5月 29, 2025

三筋の珈琲

三筋の珈琲 | 蕪木

東京都台東区の三筋、小島、鳥越地区は、まちづくりに関する産学共同研究に取り組んでいた際、調査対象として頻繁に訪れた地域である。現在も小規模の町工場が点在し、「おかず横丁」と名付けられた地域の暮らしを支えてきた商店街が残る。時代の熱気は遠のいたが、今も惣菜店が集積し、まちの台所として機能している。一方、町工場に紛れるように、近年は若者向けのカフェや洋服店、人気の雑貨店や文具店などが登場している。三筋にある一軒の珈琲店もそのひとつだ。目立たない外観の扉を開くと、濃厚な珈琲豆の香りが広がる。珈琲を味わうことだけに整えられた店内。荒削りのカウンターの触感、電球色で照度を抑えたやさしい明かり、コテ跡が残る淡黄色の塗り壁が独特の落ち着きを演出する。五感を刺激する空間であるが、特に聴覚が癒される。レコードから流れる静かな音楽、食器が重なる音、豆を挽く音、湯を注ぐ音、氷とシェーカーの接触音、その全てが心地よい。バリスタの所作とその音もまた、この店に足を運びたくなる理由の一つである。

written by kentaro nagasawa