原広司氏が設計した、1972年竣工のグラフィックデザイナー粟津潔の住宅である。現在は「粟津潔邸 AWAZU HOUSE」として一般公開されている。敷地に立つと、西から東に向かって下がる急斜面に長方体の箱が突き刺さっているような印象を受ける。この住宅は、のちの原自邸、倉垣邸、二ラム邸へと続く一連の“反射性住居”の原型とも言われている。住宅というより“神殿”と表現したほうが相応しい建築内部は白く、明るい。トップライトから降り注ぐ光がシンメトリーなプランの中央に据えられた廊下、階段を通って最下層のアトリエ部分にまで届いていた。気温が30度を超えた真夏日で、空調設備がないため室内は蒸し暑かったが、アトリエ脇のオープンスペースには時折庭からの爽やかな風が吹き抜け、不思議と心地よさを感じた。矩形のコンクリートに囲まれた内部は閉塞感がなく、むしろ様々な方向から指す天空光とその反射によって開放感すら感じる空間であった。設計者の言葉通り、フィクション、舞台が表現されている内部はどこか浮遊感のある曖昧な空間のように感じたが、後日、原氏本人が「構造は見せたくないね」とコメントしているインタビュー動画を見て納得がいった。SNSで粟津潔邸の記事を投稿すると米国でお世話になった先生からメールが届いた。添付された写真には、自邸についてアメリカの学生達に語る若き日の原氏の姿が映っていた。その言葉は難解で、視座は常に時空を超えて世界のさまざまな場所と時代に向けられていた。そんな言葉を、直接その空間の中で受け取ることができた当時の学生達が羨ましい。