人生で一度だけ気球に乗ったことがある。毎年1月、アメリカ西部の山岳地で、全国から気球愛好家が集まるbluff balloon festivalが開催される。留学2年目を迎えた2008年の冬、授業で近くの町に滞在していた我々学生数名は朝日が昇る前に宿を出て、気球が集まる会場に向かった。気球の組み立てを手伝うと、稀にオーナーが気球に乗せてくれることがあるからだ。唯一の東洋人だったためか、私は運良く乗船メンバーのひとりに選ばれた。カゴにつけた重りを外すと、少しずつ気球は上昇し、雲のない青空に浮かんだ。エンジンを切ると無音のまま、乾燥した大地の遥か上空を、気球は水平方向に滑るように走る。時間にすると数分だったと思うが、その感覚は今でも覚えている。異国の地で、英語漬けの毎日を過ごし、建築を学び、他文化の中で生活するという楽しくも緊張の多い日々が続いていた。そんな中、思いがけず出会った非日常の静寂は、より一層、鮮やかで豊かな記憶として心に残っている。