竣工写真撮影時の夕暮れ時、ふと奥様が口にされたこのさりげない言葉がこの家のタイトルになりました。雨の日も心が豊かになる住まい、引渡から数ヶ月が経過し、設計者の意図していなかったところで、住まい手が日々の営みの中でキラリと光る小さな悦びを見つけてくれています。とても嬉しく、素敵なことだと思います。
埼玉県上尾市の閑静な住宅地に建つご夫婦と男の子3人の5人家族のための住まいです。設計当初より、家づくりにご家族で熱心に参加されている様子がとても印象的でした。外壁の素材はご主人が金属を、奥様が木材を希望されましたが、対話を重ねる中で、人が触れる場所には木材を、それ以外には白い鋼板を配置することになりました。その結果、画一的に外壁材が切り替わるのではなく、建物を包み込むように、二つの素材が組み合わさって混在する柔らかな外観となりました。これもご夫婦のお人柄が現れた意匠の一つだと思います。
木材は飯能市の岡部木材店で丁寧に製材されたやや光沢のある椹材です。4寸、5寸、6寸と異なる幅の材料の組合わせパターンを作成し、指示書に従って一枚一枚丹念に施工してもらいました。鋼板も同様に3種類の異なる幅の既製品を組み合わせることで、コストを抑えながら、揺らぎのある表層として仕上げました。ご家族で木材保護剤の塗布にも挑戦して頂きました。時を経て、ご家族の成長や草木の生育と共に建築も深みを帯びた姿に変化していきます。
竣工時期を前後して、横並びの宅地3区画に新しい住宅が瞬く間に竣工しました。それぞれ異なる大手住宅メーカーでしたが、外壁は全て黒の窯業系サイディングで、配棟計画も揃って住宅が隣接する南側を庭としています。本物件では季節ごとの日射シミュレーション、微気候、隣家との離隔・見合い・抜け感などを検証し、北側に駐車スペースを含む余白を挿入する計画としました。全面道路側に建ち並ぶ隣家のすき間に凹みのようにできた余白と風にそよぐ植栽が街並みに彩りを与え、道空間に新たな調和を生んでいます。
建物前面に設えられた自転車置き場、車庫、水栓、木ベンチ、コールテン鋼、ポスト、低木、中高木、鉄線とつる植物は、道空間と住居との境に空間の重層性を作り出し、奥を強調します。それらの間を通るアプローチは私的な空間への切り替わりを示唆します。最小限の緑地帯を建物の周囲に散りばめることによって、隣家との近接を余儀なくされる郊外の住宅地であっても、木々に囲まれた豊かな居住空間を演出することができました。「裏」にあたる敷地南側には、浴室や廊下から観賞できる植物をご家族の手で植えてもらう計画です。建物を取り巻く植物によって緩やかに仕切られた半透過性の緩衝地帯は、地域との繋がりを拒絶せずに、住まい手の私事を薄皮一枚で包み込む柔らかな障壁にもなっています。
敷地は接道面が約8m、奥行きが約20mの矩形型で、3方に隣家が迫る細長い土地です。建物は長手の壁面が分節されるようにボリュームを二つに分け、2棟が並ぶように配棟しました。敷地南側の隣家の間隙を目掛けて南北に引いた軸線が北棟と南棟を貫き、路地のように建物内外の各場を結びます。2棟の間に設けた小さな中庭とテラスは、朝夕の日射を室内に取り込み、居住空間に心地よい適度な距離感を与えます。「土地の細長さ」は私たちに様々な場面の重なりを想起させ、奥に向かって建物の内と外が交錯する多様な空間構成の素地となりました。
シツラエの村田さんのご提案で、中庭にビオトープをつくる計画となり、虫や小動物が集う小さな自然を内包した豊かな外構空間が生まれました。四季や植物の成長、刻々と移り変わる陽光と外壁に伸びる影、風に揺れる木立の葉や池水の音、水辺に生きる小動物の気配、静寂。毎日繰り返される生活の中で、その周縁で起こっている細やかな環境の変化が住まい手の日常に潤いと彩りを与えてくれることを願います。
所在地 | :埼玉県上尾市 |
用途地域 | :第一種低層住居専用地域 |
用途 | :戸建て住宅(家族構成:夫婦+子供3人) |
建築設計監理 | :長澤剣太郎建築計画事務所 |
構造設計 | :有限会社内野設計事務所 |
施工 | :株式会社米谷工務店 |
外構 | :シツラエ |
家具 | :タンペレ(ダイニングテーブル、キッチン作業台) |
構造・規模 | :木造軸組2階建 |
地盤改良工事 | :環境パイル工法(国産間伐木材を用いた地盤補強工法) |
外部仕上げ | :(屋根)ガルバリウム鋼板竪ハゼ葺き |
:(軒裏)椹材 | |
:(外壁)ガルバリウム鋼板(幅:440,398,228)、椹材(幅4,5,6寸) | |
内部仕上げ | :(壁・天井)エコフリース、一部ビニルクロス |
:(床)タモ無垢フリーリング(1階)、椹無垢フローリング(2階)一部、塩ビタイル | |
:(建具)シナフラッシュ扉 | |
主な住宅性能 | :認定長期優良住宅 |
:耐震等級3 | |
:断熱性能4(UA値:0.55、一次消費エネルギーBEI:0.85) | |
敷地面積 | :171.16m2 |
建築面積 | :81.35m2 |
延べ床面積 | :132.26m2 |
竣工 | :2023.04 |
写真 | :工藤裕之+長澤剣太郎 |