都心近郊に建てられた夫婦のための都市型住宅です。外壁の板張りや内部の木現しの仕上げは、日々手に触れる道具や素材の経年変化を楽しみたいという施主の希望を反映したものです。通常、準防火地域では「準耐火建築物」が用いられますが、本計画では素材へのこだわりや敷地条件、内部空間における設計の自由度などを総合的にふまえ、「準延焼防止建築物」を選択しました。開口面積制限というこの仕様特有の制約を設計要素の一つとして捉え直し、建物の配置や間取りに工夫を凝らすことで柔軟に応答しています。
敷地の南側と北側にささやかな庭を設けました。南西角の小さな庭は、隣家の庭と塀越しにつながり、ひと続きの緑地を形成しています。この緑の層はそこに伸びる袖壁と呼応し、和室のプライバシーを守る役割も果たしています。北側の庭には、風にそよぐアオダモと小さな花を咲かせるカルミアが玄関アプローチに彩りを添えています。この二つの庭はわずかに隆起しており、敷地の内外に生じる高低差を滑らかにつないでいます。こうして生まれた微地形が周囲の環境と建物の間に調和をもたらし、既存の街並みに新たな風景を加えています。
外壁は耐候性と防腐性に富んだ焼杉です。杉を素焼きしたのち、丁寧に炭を払い落とすことで、柔らかな深褐色の風合いが引き出されています。玄関アプローチとインナーバルコニーには椹の無垢材を用いました。椹はヒノキ科の針葉樹林で、香りもよく、軽くて水に強い木材であるため、古くから風呂桶、樽などに用いられてきた素材です。源平の杉ほど色味のムラがなく、静かで控えめな印象を与えます。朝日に照らされた美しい木の質感は、年を重ねるごとにさらに味わいを深めていきます。
ファサードに設けたバルコニー、ガレージ、玄関アプローチという三つの奥行きは、住まい手のプライバシーを保ちながらも、外部との関係を閉ざすことなく、街と建物との間に適度な距離感を生み出しています。
天井裏や床下の空間は、通常は設備配管などを納める居住空間としては表出しない「裏の余白」として扱われますが、本計画では設計の過程において、そのあり方に改めて目を向け、考察を重ねました。平面と断面における室の配置によって生まれる「表の空白」、すなわち快適性と機能性を備えた居住空間と「裏の余白」との関係性を丁寧に読み解きながら、水平・垂直方向の境界に意図的なぶれ(襠)を挿入しています。
異なる拍が交差することで一時的に躍動と変化をもらたすように、この建築でも空間の重なりが奥行きと光と翳のグラデーションを生んでいます。限られた矩形の敷地において半ば自動的に生成された壁面と建物ボリュームの内側にありながらも、構造に従属することなく、むしろそこから遊離するような、伸びやかで自由な空間のリズムが立ち現れています。
所在地 | :埼玉県蕨市 |
敷地条件 | :第一種中高層住居専用地域、準防火地域 |
用途 | :戸建て住宅(家族構成:夫婦) |
建築設計監理 | :長澤剣太郎建築計画事務所 |
構造設計 | :有限会社内野設計事務所 |
施工 | :株式会社米谷工務店 |
外構 | :minari |
構造・規模 | :木造軸組工法 地上3階建て |
地盤改良 | :RES-P工法 |
外部仕上げ | :(屋根)ガルバリウム鋼板竪ハゼ葺き |
:(外壁)焼杉、椹 | |
内部仕上げ | :(壁・天井)ビニルクロス、一部ラワンベニア |
:(床)1、2階アカシア無垢材、3階杉上小節 | |
:(建具)ラワンフラッシュ扉 | |
主な住宅性能 | :認定長期優良住宅 |
:耐震等級3、断熱等級5(UA値:0.5)、一次消費エネルギー量等級6(BEI:0.74) | |
敷地面積 | :68.96m2 |
建築面積 | :45.46m2 |
延べ床面積 | :128.01m2 |
竣工 | :2025.06 |
写真 | :takeshi noguchi |